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zoom RSS ピアノを再開したく…

<<   作成日時 : 2017/06/27 05:36   >>

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ピアノへの想いはやはり小さくありませんでした🎵
小学生のとき函館で習っていたピアノを大人になって再開した時は、もうすでに40歳を過ぎていました。それでも良き曲と指導者に廻り合い、なんとか楽しみながら続けてきました。
そして今年の1月、いつものように何気ない気持ちで申し込んだPTNA(全日本ピアノ指導者協会)主宰のステップという評価会に参加。
この演奏会は参加5回ごとに表彰があり、4回で中断していた活動をなんと12年ぶりに再会するつもりで参加したのでした。
ところがこの時既に病魔は頭にはびこり、手の動きが普通でないにも関わらず、それに気づかず本番を迎えます。結果はものすごく久しぶりの途中でのやり直し。なんとか弾ききったもののその時のショックを引きずり倒れるまで落ち込んでいました。二週間後、脳腫瘍が実際の障害として顕著に現れた半身不随になって、演奏中断の原因がはっきりしたときは時既に遅く精神的には鍵盤に向かえない身体になっていました。
以来、エレクトーン&ピアノ教室を退会し、鍵盤からも音楽からも気持ちが大きく離れていきました。
あれほど好きでこれだけは暗譜でどこでも弾けていたジョージウインストンの『LONGING/LOVE』や加古隆の『パリは燃えているか』でさえ、全く弾けなくなりました。
昭和大学病院の中央棟一階ロビーのグランドピアノに触らせてもらったときは鍵盤の意味がわからずしばらくピアノの目の前で呆然と眺めるだけでした。
この時のショックは忘れられません。
脳腫瘍摘出手術前のこの時はもちろん字も書けないくらい麻痺が進んでいたので弾けないのは当たり前でしたが、もう一生鍵盤に触る日は来ないと思いました。
脳腫瘍の摘出手術をなんとか乗り越え、肺がんから飛んでくる転移の種をガンマナイフという放射線治療によりなんとか押さえ込んでから抗がん剤治療が始まりましたら、半身不随の麻痺も徐々に回復し、身体の不自由さもなくなって来ました。
そこで意を決して向かったピアノ。しかしこの時既に発病から4ヶ月も経っていて違う意味で思うように弾けない辛さが襲って来ました。
それでも諦めず恐る恐る練習を重ね、なんとか曲になってきました。するとまた習いたいと言う誘惑に駆られ悩む毎日です。
今までお世話になった先生の教室は車で通っていましたが、手術後はてんかんの恐れのため運転禁止で通うのは難しく、できれば地元の先生を探そうか悩む毎日。
今までの先生への義理もありなんとも悩ましい状況です。
自分にとってピアノレッスン再開は社会復帰の第一歩。その先にはあわよくば職場復帰も考えておりとても大切な決断です。
今までの先生に相談して結論を出したいと思っています✨

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